[ こんな胸にも星は来る ]





五年後の世界。
変わったものが多すぎた。
でも、変わらないものもある。

魘魅を捜して未来の江戸の町を駆ける。
ふと気づけば、馴染みの定食屋のある通りに来ていた。
店の看板はかかったまま。営業中の札も掛けてある。
ちょうど昼飯時だ。
店の中に入ると、変わらずにおばちゃんが腕を振るっていた。
客は一人だけ。
五年後の土方くんは、カウンター席で変わらず煙草をふかしている。


「いらっしゃい。なつかしい服を着てるんだね、お客さん。何にするかい?」
「あー、宇治銀時丼一つ頼むわ」
「はいよ。ちょっと待ってておくれ」


俺がいなくなってもメニューは健在なんだな。
それを土方くんも疑問に思ったらしい。


「義兄弟の契りを交わして、飯まで同じもんとはな。それより、小豆が常備されてることに驚いた」
「時々ちゃんが食べてるからねぇ」


おばちゃんの言葉に、二人で「が!?」と声を揃えてしまった。
顔を見合わせて、不快感を露わにする。


「なんでてめーがを知ってんだよ。それもあいつから聞いてんのか」
「なんかー、超かわいくてー、超いい娘でー、妹みたいにかわいがっててー、鬼の副長と付き合ってるってー」
「そうかよ」


つい、JKみたいなしゃべり方になってしまった。
土方くんは黙って短くなった煙草を灰皿に押し付ける。
五年後のは、どこで何をしているのだろう。


「なぁ、とまだ付き合ってんの?」
「今はもう付き合っちゃいねぇが……」


えっ? 別れたの??
なんで? どして?? 浮気したんか、テメエェェェェェ!!!
程のいい女が他にいるか???
何考えてんだ??? 頭おかしいんじゃね???
一発、ぶん殴らせていただきます。
拳を振り上げようとして、気づく。
土方くんの左手で何かが光った。
左手の薬指に指輪。
もしかして、


「ごめんください」
「あら、ちゃん、いらっしゃい。土方さん、来てるわよ」
「十四郎さん。お昼休みですか?」


五年経っても変わらない優しい声、穏やかな表情。
でも、変わってしまったものもある。
土方くんの呼び方と体つき。
しっかりお腹が膨らんでいる。
土方くんと同じように、左手の薬指には指輪がはめられていた。

血相を変えた土方くんは、の前に飛び出し、腰に手を添える。


「一人で出歩くなって言っただろーが!! なんで俺の言うこと、聞けねーんだ!!」
「一人じゃないですよ。この子もいますし。お団子がどうしても食べたくなったので」
「そんなもん、言えば買ってきてやるって」


過保護な旦那だ。
それに比べて、は逞しくなった気がする。
肉体的に、ではなく、精神的に。
母親になるって、そういうことなのかもな。

は土方くんの隣に腰掛ける。
おばちゃんは茶を淹れた湯呑みと、オレンジジュースの入ったグラス二つをに出す。
妊婦はそんなに飲むのか? 水分足りねーのか??


「いつもすみません、女将さん」
「いいんだよ。今日はお団子食べてきたから、土方さんに会いに来ただけだね」
「はい、すみません。今度はちゃんと食べに来ますね」


そうこうしているうちに、犬の餌と宇治銀時丼ができあがり、俺たちはそれを食す。
五年経っても変わらぬ味に涙が出そうだ。
ちらっと横を見ると、と目が合い、微笑んでくれた。
泣きそうだ。
は土方くんに話しかける。


「ねぇ、十四郎さん。お隣の方はお知り合いですか?」
「あァ? あいつの義兄弟だとよ。墓参りに来たんだって」
「そうなんですね。初めまして、わたくし、土方十四郎の妻のです」
「あぁ、どうもー、珍宝ですー」


そうだよな。別れるわけがないよな。
ちゃんと結婚して、子供もできて、幸せでないわけないよな。
それは、の表情を見ていたらわかる。
慈愛に満ちた、菩薩のような顔をしている。

ちゃんと結婚式は挙げたのだろうか。見てみたかったな、の花嫁姿。
いや、きっと見られるはずだ。
元の世界に戻ったら、近い将来、この未来と同じように結婚するだろう。
しないわけがない。
この二人の間は、誰にも邪魔できない。誰にも邪魔させない。


、なんであの猫の餌食いにきてんだ?」
「銀時さんの分まで生きるなら、銀時さんの好きな物、食べたいじゃないですか」
「あんなもん、人の食いもんじゃねーよ」
「そんなことないですよ。とってもおいしいですよね、珍宝さん?」
「あったりめーだ、コノヤロー!!」
「そんなもん食ってたら、十五郎の頭が悪くなるぞ」


トウゴロウって何? お腹の子の名前?? 男なの??? もう名前つけてるの????
気が早くね?
冷ややかな目で土方くんを見ると、その隣では微笑んでいた。
が許しているならいいが。


「最初は女の子の方がいいって言うよねー。あと、一姫二太郎がいいって。二人はどうなの?」
「私は五人欲しいです。ひとりぼっちだったから、家族はたくさん欲しいんです」
「五人!? 多すぎじゃね? 土方くん頑張らないといけないねー。あと四人ー?」
「あと二人だよ」


そう言うと、急に土方くんは犬の餌を流し込むように食いだした。
子供がはしゃいでいる声が外から聞こえる。それは次第に大きくなり、店の扉を開く音と同時に耳を塞ぎたくなるような大声に変わった。


「いくよ、メイ! おとうさんにとつげきィィィィ!!」
「サツキおねえちゃんといっしょにとつげきィィィィ!!」


幼女二人が土方くんの椅子に突撃し、脚を掴んで揺らしている。
あぁ、そうか、土方くんはこれを予想して急に餌を食ってしまおうとしたんだな。
大人の男の椅子を幼女二人で揺らせるわけがない。
土方くんは少し腰を浮かせているのだろう。
ガタンガタンと派手な音を立てて、椅子が揺れる。


「こら、やめなさい。お父さんがご飯食べられないでしょう?」
「サツキもたべたいー」
「メイも、メイもー」
「注文すりゃあいいだろ」
「サツキはおとうさんがたべてるのがいい」
「メイも、メイもー」


これが土方くんとの遺伝子を受け継いだ結果ねぇ。
娘はお父さん似というが、土方くんには似ても似つかぬかわいさだ。
もしかしたら、ガキの頃は土方くんもかわいらしさがあったかもしれないが、瞳孔開きっぱなしだわ、煙草吸うわ、マヨネーズに執着するわ、
とてもまともじゃない。


「しょうがねーな。一人ずつな」
「メイ、さきにたべな」
「ありがとう、サツキおねえちゃん」


できた姉じゃねーか。
土方くんは妹の方を抱き上げ、自分の膝の上に載せ、犬の餌を娘の口に運んでいる。
ちゃんと父親やってんだな。当たり前か。

視線を感じて振り返ると、サツキが俺をじっと見てた。
俺の顔に何かついているのか? ついているのは額のホクロくらいだ。
急に、サツキは目を輝かせて大声を出す。


「ぎんちゃんだ!」
「はァ!?」
「ぎんちゃんだ! おかあさん、ぎんちゃんがいるよ! おしゃしんのなかじゃない、ほんものだよ!」
「サツキ、違うのよ。この人は銀時さんの弟分なの」
「ぎんちゃんじゃないの?」


泣きそうな顔でサツキは俺を見ている。
そんなに俺に会いたかったのか。
理由を訊いてみたら、驚愕の真実が発覚した。


「ぎんちゃんは、おかあさんのおにいちゃんなんでしょう?」
「え、え、エェェェエェェ?」
「うっせぇな、大声出すな」
「え、だって、え、銀さんの妹なの? は本当に銀さんの妹?? 妹みたいにかわいがってたけど、本当に妹だったのかよォォォ!!」


俺が行方不明になった後、たまたま遺伝子検査で発覚したらしい。
俺のセンサーが反応しなかったのはそういう理由か。
いい女だと思った。だが、手に入れようとは思わなかった。
愛しいと思った。大切にしたいと思った。守りたいと思った。
一人の女としてではなく、家族のような、そういう感覚だった。


「ほら、おかあさん、こっち。ぎんちゃんのとなりにすわって、いっぱいおはなしして」
「だから、サツキ。この人は銀時さんじゃないの。お母さんのお兄さんじゃないの」
「いいもん、おかあさんがおはなししないなら、サツキがいっぱいおはなしするもん。ねー、ぎんちゃん。
 おかあさんがね、いつもサツキとメイをぎんちゃんにあわせたいっていってるんだよー」
「へぇ、そうなのか」
「うまれたときからのかぞくに、あたらしくできたかぞくをあわせたいんだって。
 それから、いつもこまらせてばかりだったから、つるのおんがえしをしたいんだって」
「あんな奴、困らせとけばいいんだよ」


一言多いんだよ、税金泥棒が。
眉間に皺を寄せていると、土方くんがオレンジジュースのグラスを俺の前に置く。
飲ませろってか。
サツキに差し出すと、小さな手がグラスをぎゅっと掴み、小さな口がゴクゴクとそれを飲んでいく。


「おいしいか?」
「うん、おいしい! ぎんちゃんものむ?」
「俺は茶があるからいい。それより、このまま放っておいたら、サツキの食う分、ぜーんぶメイに食われちゃうよ」
「ぎんちゃんのそれ、たべたらダメ?」


あからさまに土方くんは嫌そうな顔をしているが、何も言わなかった。
俺が箸を渡すと、子供にしては器用な手つきで宇治銀時丼を食べる。
おいしい、おいしいと言いながら、サツキは箸を進める。
すると、が慌ててサツキの箸を取り上げ、俺に渡す。


「すみません、人様の食事を勝手に食べてしまって」
「いいって。土方くんの娘にしちゃあ、かわいい娘っ子たちだ」
「うるせー、黙れ」
「てめーがうるせー!!
 サツキは妹に譲る心を持ったよい姉だし、メイもきちんと礼が言える礼儀正しい子だし、の教育が行き届いているからだな」
「ありがとうございます」
は、今、幸せか?」
「はい、とても幸せです」


のことで困ったことなんて一度もない。
恩返しなんてする必要もない。
が毎日幸せを感じられるのならば、それでいい。

俺の家族と、その家族の新しい家族の未来を守るためにも、魘魅を早く見つけなければ。




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銀さんの妹という裏設定で。
まともに銀魂を見たのは、地上波で完結篇を放送してたのを録画して見たのが初めてで。
おもしろいなぁと思って、数か月後にアニメ3期が始まって今に至る。

サツキはお通ちゃんファンクラブ篇で名前が出てたけど、メイは出てないかな。

タイトルはalkalismさんよりお借りしました。


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