[ 甘い陽だまりの中で ]





夜になっても仕事が終わらないらしく、熱燗の準備をしていたが、茶を淹れてほしいを土方さんに頼まれた。
熱燗は原田さんにでも呑んでもらおう。
山崎さんが通りかかったので、原田さんと二人で一杯やってもらうことにした。

土方さんの部屋の前で声を掛けたが、返事がなかった。
もう一度呼びかけても、同じだった。
失礼を承知で障子を開くと、テレビの画面を食い入るように見ている土方さんがいた。
私の声に気づかなかったらしい。
そもそも、私が部屋へ入ったことにも気づいていない。
背後から声を掛けると、全身を震わせて驚いていた。


「土方さん、休憩中ですか?」
「あわばば、氏。これは違うでござる。その、僕は十四郎じゃないので……なんか、すみません」
「トッシーさん、ですね」
「そうで、ござる」


噂には聞いていた。
土方さんの中にいる別人格は二次元アイドルオタクだと。
ようやく会えた。
会ってみたいと思っていた。

土方さんはいつも私に優しくしてくれる。私は何も返せていない。
どうして優しくしてくれるのか、訊いてみたかった。
土方さんは答えてくれなさそうだから、トッシーさんなら、と思った。

トッシーさんは正座して神妙な顔つきでこちらを見ていた。


「トッシーさん」
「な、なんでござるか?」
「あの、私は土方さんの傍にいてもいいのでしょうか」
「え? どうしてそんなこと訊くのでござるか? 氏は十四郎のこと嫌いでござるか?」
「いえ、好きです。でも、いつも優しくしてくれる土方さんに、私は何も返してあげられなくて。
 このまま一緒にいても、土方さんに満足してもらえないんじゃないかって思うんです。
 どうして、土方さんは私に優しくしてくれるのでしょうか」


トッシーさんは真っ直ぐ私を見て何も言わなかった。
やっぱり本人に訊かないとダメか。
それか、本人と同じ体だから、言えないのか。

トッシーさんは、畳の上を這ってきた。正座した私の膝とトッシーさんの膝がくっつくくらい近くへ。


氏、十四郎は氏のことをとても大切に思っている。だから優しくするのでござる。
 氏も十分優しい。十四郎のことをとても大切に思っているのは、十四郎の中にいる僕にもたくさん伝わってくる」
「そうでしょうか……」
「そうだよ。でも、十四郎は一つだけいつも我慢しているんだ。だから、十四郎の代わりに、今日は僕がやりたいと思いまーす」


そう言うと、トッシーさんは私の膝の上に頭を載せて、ごろんと寝転がる。
いわゆる、膝枕だ。
土方さんが我慢しているのは、膝枕?


「あの、膝枕を我慢してたのですか?」
「違うよ。十四郎が我慢してるのは、氏に甘えることでござる」
「私に、甘える?」
「そう。いつでもかっこよくて強い自分を見てほしい。氏の中にそういう自分を作りたい。
 でも、本当は、ほんの少しだけ、甘えたい。そう思っているでござる」
「膝枕で、甘えることになるのでしょうか」
氏は動けないだろ? 相手の自由を奪って、相手に自分のことだけ考えさせる。自分のことだけ見てほしい。十分甘えてるじゃないか」


トッシーさんの言う通りだ。土方さんはいつもかっこよくて、強くて、優しくて、弱音なんて吐かない。弱みなんて見せない。
私に優しくしてくれた分だけ、きっと私に甘えたいのを我慢してる。
たくさん、我慢させてしまった。
気づくのが遅すぎた。
土方さんの優しさに甘えていた。もっと、自分から、土方さんに触れないといけなかった。
トッシーさんの髪に触れる。
自然と、謝っていた。


「ごめんなさい。私、土方さんの優しさに甘えてました」
「それは、十四郎に言ってあげて」
「そう、ですね」
「それ、すごく気持ちいい。もっと、頭、撫でて」
「こう、ですか?」


トッシーさんは気持ちよさそうに目を閉じている。
険しい表情をしていることが多い土方さんにも、同じようにしてあげたい。
少しでも、穏やかな気持ちになってほしい。
たくさん、優しくしたい。

急に、がばっと体を起こして飛び退くトッシーさん。
目を大きく開いて、瞬きもせずこちらを見ている。
トッシーさんじゃない、土方さんだ。
肩で息をしている。首から顔まで真っ赤にしている。


「ひじ、かた、さん……?」
「俺ァ、今、何してた? トッシーは、お前に何したんだ?」
「あのー、膝枕、してました」
「だよな、そうだよなァ。なんでそんなことしてんだよ、俺ェェェ」


土方さんは頭を抱えて、その頭をガンガンと畳に打ち付ける。
だめ、頭が割れちゃう。
腕を伸ばして、土方さんの頭を抱き込む。
暴れようとする土方さんの顔を自分の胸に押し付けたら、すぐに大人しくなった。
ぎゅっと抱きしめて、頭を撫でる。


「今日は、いっぱい私に甘えてください」
「んなこと、できるかよ」
「いつも、土方さんの優しさに甘えてばかりで、私、土方さんに何にもしてあげられなくて悔しかった。悲しかった。
 強くなくても、優しくなくても、私、土方さんが好きです」
「……惚れた女の前では、いつでも格好良くいてぇんだよ」
「これ以上、かっこよくなってどうするんですか。私の心臓が耐えられません」
「それは困るな」


土方さんは私の腕の中からするりと抜け出す。
その動きすら、優雅だった。
そして、頭をガシガシ掻き、ごろんと寝転がる。
頭は、私の膝の上に載せて。


「……少し、借りる」
「は、はいっ。どうぞ!」
「温かくて、気持ちいいな、ここは」
「そうですか?」
「あぁ、と一緒にいると、落ち着く」


トッシーさんにしていたように、ゆっくりと土方さんの頭を撫でる。
撫でていると飽きてきたので、額を土方さんの頭に載せてみた。
この体勢は辛いな。そう思い、体を起こすと手を掴まれた。
土方さんの両手が、私の手を挟み込んでいる。


「ん……」
「どうかしましたか?」
「ずっと、このままでいたい、って、思った」
「いいんですよ、ずっとこのままで」
「んなことしてたら、の足がしびれるだろ。それに、何にもできねえし」
「しびれたら、伸ばせばいいんですよ。それに、何もしてないわけじゃないですよ」
「お前のやりたいこと、できねーだろうが」
「いちばん私がやりたいこと、してますよ」
「何を?」


そんなの、決まってる。


「土方さんと一緒にいること、ですよ」
「それは、俺にどういう反応を求めてるんだ?」
「ただ、一緒にいられて幸せなので、土方さんに何か反応してほしいわけではないんです」
「それは……俺も同じだな」


土方さんは私の手の甲を自身の額に押し付けた。
土方さんの熱が直に伝わってくる。


「あたたかい、ですね」
「生きてるからな」
「それ、前にも言われましたね。私、成長してない」
「思ったことを素直に言っただけだろ? 別に悪かないよ」
「土方さんも、素直に言ってくださいね」
「何を?」
「疲れたとか、甘えたいとか、そういうの」
「そっくりそのままに返すよ。俺たち、意外と似た者同士だな」


何が? と問いかけようとしてやめた。
自分の気持ちに正直に生きてきたつもりだった。
でも、そうでもないらしい。
素直に言えることと言えないことがあるみたいだ。

生きるって大変だ。

でも、土方さんがいるから、きっと頑張れる。




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甘えるのが苦手な人たちの話。
まー、私もそんな感じですが。


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