[ I'm still at chocolat road ]





万事屋を訪れると、どうやら私が来るとは思っていなかったらしく、銀時さんと新八さんと神楽さんが目を丸くして驚いている。
これだけ驚かれるのは初めてだ。
土方さんと犬猿の仲の銀時さんがいるから、土方さんにはあまり行くなと言われているし、銀時さんからも来ない方がいいんじゃないかともいわれている。
でも、行けば歓迎してくれるのが万事屋のみなさんだ。
手持ちのチョコレートの箱を渡すと、目をキラキラと輝かせて喜んでくれた。


「いつもみなさんにお世話になっているお礼です」
「マジか! バレンタインのチョコレートォォォ!! もらっていいんだよな? 俺がもらっていいんだよな?」
「銀さん、『みなさん』って言いましたよ、さんは」
、私ももらっていいアルか?」
「もちろん、神楽さんも召し上がってください」


銀時さんは包装紙をめちゃくちゃに破き、早速チョコレートに手を付ける。
その手を新八さんが抑えつけて叱っている。


「銀さん、もらったお礼も言わずに食べるなんて失礼です!! さん、本当にありがとうございます」
「おう、、ありがとな。今年はゼロじゃねーんだよな、ちゃんともらったんだよな。う、うぅ、銀さん嬉しすぎて泣いちゃう」
「銀ちゃん、鼻水拭った手でチョコレートに触るのやめるアル」


小粒のチョコレートが三十個入った詰め合わせを買ったのに、一瞬でなくなってしまった。
泣くほどもらって嬉しいものなのだろうか、バレンタインデーにチョコレートをもらうことは。
土方さんは、甘いものが好きじゃないからもらっても喜んではくれないと思う。
何をあげたらよいのだろうか。土方さんはどうすれば喜んでくれるだろうか。

悩んでいたら、浮かない顔をしていたらしく、神楽さんが顔を覗き込んできた。


、今日は元気ないネ。ニコ中マヨラーにマヨでも食わされたアルか」
「いえ、そうではないのですが」


マヨネーズは嫌いじゃないし、土方さんが私に無理強いすることは無い。
銀時さんが頬杖ついて不機嫌丸出しの声で言う。


「どうせあれだろ。土方くんがチョコレートいっぱいもらって嫉妬してんだろ。
 っつーかさァ、どうせ土方くんには俺たちにくれたものより何倍もいいもんあげてんだよねー、俺たちゃピエロだよなー」
「いいえ、何もあげてません」
「あ、そう、何もあげてないんだ。へぇ……ってエエエェェェエエエ!!!」


最終的に三人揃って叫び声をあげている。
そんなに驚くようなことなんだね、私が土方さんに何もあげていないことが。
今日は、屯所には帰れない。土方さんに合わす顔が無い。


「ほんとに、ほんとにあげてねーの? ほんとに? 鬼の副長も泣いちゃうよオォォォ」
「はい、甘いものお好きではないですし、あれこれ考えたのですが土方さんに喜んでもらえるものが見つからなかったので」
「惚れた女からもらえたら、何だって嬉しいもんだよ、フツーは。土方くんもそこらへんは普通の男と同じだと思うけどね」
「そういうものなんでしょうか」
はさァ、土方くんから物もらったら、嬉しいだろ?」
「はい」


土方さんからもらったものはなんだって嬉しかった。
使えなくなっても、捨てられずに大切に残している。
でも、土方さんは現実主義者だ。自分が嫌いなものをもらっても、喜ぶわけがない。
だったらマヨネーズと煙草をあげれば簡単だけれど、あれは土方さんにとって日用品だ。


「そうだな、どんな男も絶対にもらって嫌がらねえモンがたったひとつだけ」
「なんですか、それは!」


くいついた私を見て、銀時さんはニタァと笑う。


「猫撫でな声で『チョコの代わりに私を食べて』って言えば、土方くんも、グホォッ」
「銀さんんんんんんんん!! なんてことさんに言うんですかァァァ!! さん生真面目だから真に受けちゃいますよ!!」


新八さんの拳が銀時さんのお腹にクリーンヒット。
お腹を抱えて苦しんでいる銀時さんの頭に、神楽さんのチョップがクリーンヒット。


「銀ちゃんの言うことは気にしないでいいアル。ホワイトデーは銀ちゃんの財布でとびっきりのお返しするから楽しみにするヨロシ」
「そうですよ、さん。ホワイトデーは楽しみにしていたくださいね」
「て、てめぇらの給料から天引きしとくからな……。とにかく、チョコありがとな。
 チョコあげなくたって、土方くんとはうまくやれんだろ。愛し合ってんならな」


愛し合うってどういうことだろう。
経験も知識もない私にはわからない。
もっと話を聞きたかったけれど、つけっぱなしのテレビから夕方四時から始まるドラマのオープニングソングが流れだす。
屯所に帰って夕食の支度をしなければ。

帰り道で土方さんに喜んでもらえそうなものを探したけれど、結局見つからなかった。
今日は調理場で調理する担当だから、食堂に食べに来た土方さんと顔を合わすことはないだろう。
そのまま何も知らないふりをして大人しくしていたら、土方さんを傷つけずに明日を迎えられるはずだから。

女中頭が一粒チョコを問屋で大量に買ったらしく、食堂の入り口で隊士たちがはしゃいでいた。
大きな籠一杯のチョコ。一人当たりの量は少なくとも、みんな喜んでいる。
食器を洗いながらそんな声を聞いて気持ちが暗くなる。
隊士たちは土方さん宛てのチョコを巡回中にもらっただの、土方さんのチョコの話ばかりしている。
ますます気持ちが塞ぎこむ。
給仕をしていた古株の女中が、「ちゃんに聞こえるからやめなさい」とたしなめていたけれど、もう聞こえてしまったから今更だ。

隊士たちがいなくなって空になった食堂。他の女中もバレンタインデーだからと実家に帰っていく。
私は一人で夕食を済ませた。
バレンタインデーって、こんなに寂しいんだ。
土方さんへチョコレートを用意しなかった私への罰なんだろう。
食堂の明かりを消し、住み込み女中の住まう離れへ向かう。

いつになったら暖かくなるのだろう。
吐く息の白さに驚きながら、離れへ向かうと、玄関に人影があった。
今夜、この離れを使うのは私だけ。
不審に思い足を止めたら、向こうから声を掛けてきた。
少し苛ついたような、聞きなれた声が、私を呼ぶ。


「遅かったな、
「土方さん、お疲れ様です」
「今日、俺のこと、避けてなかったか?」
「いえ、そんなつもりはありませんでしたが」


嘘だ。意図的に避けていた。
きっと、土方さんは私の嘘も見抜いてる。


「まぁ、いいけどよ。それより、あー、その、な。これ」
「なんでしょうか」


土方さんの方へ数歩近づき、差し出されたそれを見る。
月明かりの下、色はよくわからなかったが、バラの花束だった。
私は土方さんの顔を見る。
顔を逸らし、気まずそうにしている。


「いや、なんか、どっかの星ではバレンタインに男から花を贈るって聞いて、な。買ってみた。
 お前の好きな花なんて知らねぇから、気に入るかわかんねーけど」
「あの、これは、私がもらって……」
「他に誰がいるってんだ」
「でも」
「いいから! 受け取れってんだ」


土方さんは私の胸元へ花束を押し付ける。
私は一旦受け取ったけれど、もらう資格なんてない。
だって、


「私、土方さんへ何にも用意してないから、受け取れないです」
「はァ!?」


土方さんの反応は正解だ。
驚いたあと、表情が暗くなり、声のトーンも聞いたことがないくらい低くなった。


「そう、か」
「はい、申し訳ありません」
「それでもいい。俺が持ってても仕方ねぇからな」


土方さんは私が抱えている花束を軽く叩き、私の横を通り過ぎて母屋の方へ歩いて行く。
土方さんの期待に応えられなかった。悲しませてしまった。
泣きたくなった。でも、泣きたいのはきっと土方さんの方だ。
振り返って土方さんの背中を見送り、万事屋で言われたことを思い出す。

「愛し合ってるならうまくやれる」
うまくやれてないよ。それは愛し合っていない証拠だよね。

猫撫でな声ってどんな声?
私に出せる声?
でも、今はどうやっても、泣きながらしか言えない。

「待って、土方さんっ」
背を追いかけ、声を掛けたら、土方さんの足が止まった。
土方さんの右手を両手で掴んで驚く。
氷のように冷たい手。
いつもは冷え性の私の手の方が冷たくて、土方さんの熱を奪ってしまうのに。

頭の悪い私でもわかる。
土方さんはずっと待っていてくれた。
離れの前で、私のことを待っていてくれた。
真冬の夜の屋外、寒くないわけがない。
手が冷たくてかじかんでしまうくらい。


「土方さん、わ、私を……私をチョコの代わりに、食べて、ください!!」
「!!!」


土方さんが息を飲んだのがわかった。
顔を横に向け、私が掴んだ手に視線を送っている。


「こんなに手が冷たくなるまで、私のことを待っててくれたのに、私、土方さんに何にも用意できなくて。
 ほ、本当に、ごめんなさい。私……」
「誰に吹き込まれたか知らねぇが、そういうこと、軽々しく言うんじゃねぇよ」
「ご、ごめんなさい」


さっき聞いたものとは違う、いつも通りの声だった。
星がきらめく夜空を見上げ、少し大きな声でわざとらしく私へ声を掛ける。


「あーあ、誰かさんのせいで体が冷えきっちまったから、熱い茶でも飲みてーなァ」
「は、はい!! すぐ淹れますのであがっていってください」


土方さんの手を引くと、フッと鼻で笑ったような声が聞こえた。
見上げると、土方さんが少し微笑んでいる気がした。


「おめーはそうしてるのがいちばんだ。難しいこと考えずに、いつも通りにしてりゃいい」
「……はい」
「っつーか、今日、他に誰もいねぇんだな」
「はい。みなさんご実家に帰られました。バレンタインって……、そういうものなんですね」


離れの鍵を開け、引き戸をガラガラと引くと背を押された。
よろめきながら中へ入ると、後ろから伸びてきた手に支えられ、そのまま抱きしめられる。
全身に土方さんの冷たさが伝わってくる。
服も、手も、顔も、全部冷えさせてしまった。
あまりの冷たさに「ひゃっ」と声をあげてしまい、土方さんはゆっくりと私の体を離す。


「あっためてもらおうと思ったけど、これじゃの体を冷やしてしまうな」
「いえ、私のせいですから、構いません」
「こっちが構う。それより、茶ァ淹れてくれ」
「かしこまりました」


急いでお湯を沸かし、急須で茶を用意する。湯呑みを軽く温めてから急須の茶を注ぐ。
自室へ戻れば、土方さんは私が読みかけの推理小説をぱらぱらとめくっていた。


「お待たせしました」
「こういうの、好きなのか?」
「スーパーでバイトしてたときにできた友達が、貸してくれました。面白いよって」
「そうか。まともな友達いるんじゃねぇか。どうせさっきのも万事屋の野郎に言われたんだろ?
 だったら万事屋になんか行くなよ」


土方さんは、私が万事屋に行くことを好ましく思っていないらしい。
みんないい人なのに。
多分、土方さんは銀時さんが私にちょっかいを掛けてくることが気に入らないのだ。
私にとっては、数少ない話相手。
友達がいないから、真選組の人と女中たち以外には誰にも話せなかった。
それが、銀時さんたちと出会って、少しずつ知り合いが増えてきた。
でも、やっぱり信頼がおける人がいい。
ちゃらんぽらんだけど、私の話すこと、二人きりだと親身になって聞いてくれる。
そう伝えると、土方さんは渋い顔で茶をすすった。


「それ、目ェ付けられてんじゃねぇのか?」
「どういう意味ですか?」
「お前に惚れてんじゃねぇのかって」
「だったら、もっと邪魔するようなことすると思いますよ」
「それもそうだが……」
「きっと、妹みたいにしか思ってませんよ。神楽さんと同じです」


土方さんはあまり納得していないようだった。
困った私は、気まずさを紛らわすために、食堂から持ち帰ってきた一粒チョコを口に運ぶ。
土方さんはそれを恨めしそうに眺めていた。
余計気まずくなってしまった。


「それ、俺ももらっていいか?」
「この、チョコですか?」
「食堂に置いてあったやつだろ?」
「ええ。召し上がらなかったのですか?」
「甘いもんは苦手だ」


だったら、どうして今食べるのだろう。
一つ差し出すと、土方さんはそれを頬張る。
「やっぱ甘ェな」と呟きながら。


「苦手だと言ったばかりじゃないですか」
「せっかく二人きりなんだ。と同じことをして、同じことを感じてぇんだよ」
「同じものを、食べたい、と?」
「そうだ。の淹れた茶を飲んで、同じ物食って、こうして二人でいると、今日あった嫌なことも疲れも全部吹き飛ぶ」


それだけで、本当に吹き飛ぶの?
理解できずにいると、土方さんの気落ちした声が聞こえた。


は、俺の顔見たらいっつも嬉しそうな顔してくれんなって思ってたけど、そうじゃねぇんだな。
 お前の顔見て嬉しいって思ってんのは、俺だけか……」
「違います! 土方さんの顔見たら嬉しくなります! 元気に頑張ろうって思えます。すごく、幸せな気持ちになるんですっ」
「それと同じだ」


土方さんの大きな手が私の頭を撫でる。
手はもう冷たくなかった。
熱い茶で温まってくれたんだ。

その手が頭頂部から頬に移る。
どれだけ経験のない私でも、これから何をするのかくらいわかる。
目を閉じると、唇に熱くて柔らかい感触が。


「ひじ、かた、さん……」
「来年まで、待ってる」
「え?」
「待っててやるから、来年はちゃんと用意しろよ、バレンタイン」
「は、はい! 必ず用意します」


それは、来年も土方さんの隣にいていいということですよね。
口には出さなかったけれど、土方さんが小さく頷いてくれたから、勝手に肯定と捉えることにした。


「風呂入って寝るか」
「は、はい! お風呂沸かしてきます」
「たまには一緒に入るか?」
「はい?」


なんだかおかしなことを尋ねられた気がする。
お風呂に、一緒に、入る?
私と、土方さんが?
想像したら頭に血が昇ってきて、火が噴出しそうなくらい熱くなる。


「た、たまにはって、土方さんと一緒に入ったことなんてありませんんんんん!!! だ、だだだ、誰かと勘違いしてるんじゃないですかっ???」
「そうだったな。じゃあいいだろ」
「よくありませんんんんん!!!」
「嫌なら、いいんだ」


また、だ。
土方さんの声のトーンが落ちる。
この声は、聞きたくない。
とても、嫌だ。


「ご、ご……」
「ごォ?」
「ご、ご一緒、させてください」
「いいんだな?」
「……はい」


くしゃくしゃと私の髪をかき混ぜる土方さんが愉快そうに笑った。
かすめるように、土方さんの唇が私の唇に触れていく。


「ありがたく、食わしてもらう」
「はい、お召し上がりくださいませ」
「今日は珍しく素直だな。変なもん、食ったか?」
「いいえ、バレンタインの空気に酔ってるだけです」


微笑むと、土方さんの表情も柔らかくなる。
とても、心が温まる。
お風呂に入って一緒に寝て、もっともっと温まろう。
土方さんにたくさん温めてもらおう。
土方さんをたくさん温めてあげよう。




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甘い物苦手な人には何あげたらいいか悩むけど、
別にお菓子じゃなくてもいいんだよなって最近気づいた。
バレンタインって誰かにあげたい、よりも、自分が食べたい物を作る日だったからなぁ……

土方さんからバレンタインにバラの花束なんてもらったら、卒倒してしまうわ。笑

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