[ 春 の 庭 ]





夕食を食べ終え、隊士たちが食べ散らかして汚れたテーブルを片付けているに声を掛けた。
俺がいることに驚いているようて、目を丸くしている。


「そんなに驚くなよ」
「申し訳ありません。もうお部屋に戻られたと思ったので。それより、何か?」
「あぁ、いや、その、だな」


声を掛けたものの、自分の歯切れの悪さに目の前が暗くなる。
人を誘うというのは、こんなにも体力が必要なのか?
近藤さんはよくあのキャバ嬢にこんなことやってられるなと感心する。


「明日は出勤か?」
「いいえ、休みです」
「そうか、俺もだ。せっかくだから、どこか行かねぇか?」
「あ、はい! ぜひご一緒させてください」
「どこか行きたいところはあるか?」
「いえ、特にありません」


こうもはっきり言われると困る。
正直言って、何が好きなのかも知らないのに、どこへ連れていけばいいのやら。
沈黙に耐えかねて、の方から切り出してきた。


「あの、もしよろしければ」
「なんだ?」
「梅の花が見たいです」
「梅か。確かに、もう見ごろだな」
「えぇ。少し冷えますけど、私は桜より梅の方が好きなんです」


小さな花が咲いたような笑顔だった。
心臓が跳ねる。
この表情のままどこかに閉じ込めてしまいたい。自分だけの物にしたい。
妙な独占欲が心の奥から湧き出してきて返事をできないでいると、の眉がハの字に曲がった。


「嫌、ですか?」
「たまには羽を伸ばしに江戸の外へ出るか」
「はい!」





休みだろうがいつも通りに起き、道場で朝稽古をする。
軽く汗を流した後は、食堂で朝食を摂る。
隊士たちが食事を摂る中、は隅で重箱におかずを詰めていた。大層な量だ。
今日は休みだと言ったはずなのに、誰だ弁当を作れと頼んだ奴は。


「おい、誰だ、に弁当を作れっつった奴は?」
「いえ、梅を見に行くのに持っていこうと思いまして」
「この量をか? 二人で食うには多すぎるだろ」
「今日はこれがないと困るんです」
「はぁ?」


ニコニコ笑いながら重箱の蓋を閉じたは、「朝ごはん、ご一緒してもよろしいですか?」と俺に尋ねた。
嫌なわけがないだろ。
頷くと、は笑顔で給仕係の元へ足を向けたトレイに二人分の朝食を載せた。


電車に乗り数時間。
梅林のあるこじんまりとした庭園に着いた。
白、紅の梅の花が満開だ。
相当な本数の梅が植わっているこの庭園を、はよく見つけたものだ。


「以前通りがかったときに見つけたんです。趣味で作ったお庭なんですって」
「へぇ」
「だから、私が来るのも嫌がってました」
「おい、本当に来てよかったのか?」
「えぇ、私の手料理と引き換えです」
「だからあの量の弁当か……」
「はい。女中さんが田舎に帰っているので、食事に困っているそうです。しばらく働いてくれ、とも誘われましたけど」
「働いてやりゃあいいじゃねぇか」


まただ。昨日と同じように、の眉がハの字に曲がった。
何か困らせるようなことを言ったか?
むしろ、少しの間なら真選組を離れてここで働いてもいいと言ったのだが、それが気に入らなかったのか。


「それは、私は屯所に必要ない、ということでしょうか?」
「は? そんなこと言ってねぇよ」


どうやればこう取り違えるのだろう。
思いが通じ合ったばかりだというのに、先が思いやられる。
俺たち、相性最悪なんじゃねぇのか?

俯いて足元に目線を送ったまま何も言わないをこちらに振り向かせたくて、肩に手を伸ばそうとしたら、
背後から殺気を感じ、の体を抱きかかえて地面に倒れこむ。
庭の茂みの中から刀が投げつけられ、俺たちが立っていたところを通り過ぎて石畳の上でカランと音を立てて転がった。


「総悟ォォォォォ、に刺さったらどう落とし前付けるつもりだぁぁぁぁぁ!!」
「土方さんなら体を張ってでもさんを守るでしょう?」
「っつーか、てめえら仕事どうした? 何してんだ、ここで」


澄ました顔をした総悟、バツが悪そうな顔をした近藤さんと山崎が茂みの中なから現れた。
いつから俺たちの後ろをついてきていた?
全然気づかなかった。が隣にいて浮かれていたか? 士道不覚悟で切腹だ。
はっと気づき目線を胸元へやると、少し頬を赤らめたと目が合う。
を抱きかかえて地に倒れたままだった。
ようやく身体を起こし、立ち上がって、の手を引き上げる。
困り顔のはおずおずと近藤さんに尋ねる。


「あ、あの、どうしてみなさまお揃いなのでしょうか……」
「いやあ、真選組副長の初デートの警護にだな」
「直々に局長が行くってんで、俺と山崎もついてきたんですぜィ」
「ついてくんなァァァァァ」
「俺、まだ何も言ってないんですけど!! 殴んないでくださいよ、副長ォォォ!!」


ぎゃーぎゃー喚く山崎を追いかけると、後ろから総悟が背中を狙ってくる。
いつの間にか庭の端にまできてしまい、と近藤さんを庭園の母屋に放ってきてしまった。





土方さんはこの庭園の持ち主のところで働いてもいいと言った。
私がいなくてもいい、そういうことだと解釈した。
でも、そうではないらしい。
否定した。
けれど、土方さんは山崎さんを追いかけ、沖田さんに追いかけられ、何やら大声をあげている。
それが、私にはとても楽しそうに見えた。


「近藤さん。土方さん、私と二人のときよりとても楽しそうにしてますね」
「そうかぁ? 俺には、と二人のときは十分幸せそうに見えたが?」
「そうでしょうか。今の方が、大きな声出して、開放的に見えます。私といても、なんだか楽しくなさそう。
 さっきも、私が屯所にいなくてもいいって、私が傍にいなくてもいいって」


変わらず三人は庭の反対側を駆けまわっている。
私と一緒にいても、あんな風に駆けまわったり、声をあげたりしない。
土方さんは私のことを好きだと言ってくれた。
けれど、いちばんでないのもわかっていた。
真選組が大事。いなくなってしまったあの人のことが大事。


「それは、トシなりの思いやりだろ」
「思いやり、ですか?」
のやりたいことをやらせたいってな。それで、自分が我慢することになっても」
「……」
「それに、よく考えてみろ。ずーっと走ったり大声あげてたら、疲れるぞ。
 疲れた時に帰る場所が、トシにとってのなんじゃないのか?」


近藤さんの視線の先を見る。
いつの間にか沖田さんと山崎さんが追いかけっこをしていて、土方さんはこちらへ向かって歩いていた。
冬だというのに、額に薄っすらと汗をかいている土方さん。
手で顔を仰いでいる。

私は持ってきたハンカチを土方さんへ差し出す。
険しく眉間に皺を寄せていたが、表情が一瞬で柔らかくなる。


「悪いな。このまま借りとくわ」
「えぇ、どうぞ」
「あいつらを相手にしてると疲れる」
「お疲れさまでした」
「近藤さん、あいつら連れて帰ってくれよ。せっかくの二人きりの休暇が台無しだ」
「やなこった。俺たちはトシのデートが終わるまで帰らねー。絶対だ、絶対っ!!」


近藤さんへ冷ややかな視線を送る土方さん。
ため息をついて、私の腕を掴み、母屋の中に私を連れていく。


「あっ、ちょっと、トシー! ー!」
「近藤さん、昼飯時っすよ。あいつら連れて飯食いに行ってくれ」
「え、トシ、お前らは?」
の弁当があるからな」


庭園の旦那様に預けていた弁当箱を預かり、縁側で包みを広げる。
ようやく落ち着いたとでもいわんばかりの表情をする土方さん。
近藤さんの言う通りだ。
私は、土方さんにとって疲れたら帰ってくる場所なんだ。

土方さんの手が私の髪へ伸びてきた。
髪をすくって指の間を通す。それを繰り返す。
手が止まったと思えば、私の頬に土方さんが手を添えた。


「土方さん?」
「近藤さんと何話してたんだ?」
「いえ、何も」
「そんなこたねーだろ。話し声が聞こえたぞ」
「私が、よく見てなかったって話です」
「何をだ?」
「土方さんの、ことを」


土方さんはきょとんと目を丸くしている。
こんな表情を見るのは初めてだ。
これは、私にだけ見せる表情だと思っていいですか?


「いちばんになれなくても、真選組のみなさんとは違う、帰る場所になれれば十分です」
「何の話だ?」
「近藤さんと私だけの秘密です」


不満そうな顔をする土方さんを横目に、私はクスクスと小さく笑った。




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ソメイヨシノより八重桜。桜より梅。
偕楽園に梅を見に行きたい!

顔を見るだけで穏やかな気持ちになれる人がいるって素晴らしい。
土方さんにはミツバさんのことを乗り越えて幸せになってほしい。

外野は、初デートの護衛に来させたかっただけ。


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